稲作はおよそ2000年前に日本に伝わりました。

稲作の歴史を次の内容で紹介していきます。
第1章稲作の起源、第2章日本での導入、第3章在来種の伝承の順に説明していきます。
それでは早速ですが、第1章稲作の起源に入ります。
第1章 稲作の起源
今日私たちが”稲”と呼んでいる植物も太古の昔はただの野生の草でした。所があるとき
私たちの祖先は、その草が自分たちの食糧資源として活用できることを発見し、その種子を
採種して家の近くにまき、水やりなどの管理をしてその草を育てるようになりました、勿論
収穫した種は食糧としました。こうして栽培植物が誕生し、その後この草を”稲”と名づけ
たのです。
現在では人間が栽培する以前のその草を”野生イネ”と呼んでいます。世界各地で今でも
野生のままにそだっているイネを見ることができます。[濱田竹時著「野生イネを旅する」]
それでは、どこの誰が世界で一番最初に野生イネを栽培したのか訪ねることにしましょう
いまからおよそ一万年前、中国の南部、洞庭湖のほとりに蛮族とよばれる人々が住んでい
ました。旧石器時代の人々は、自然界からの食物を得て生活する狩猟・採種民です。例えば
鳥獣や魚、昆虫などを捕まえたり、自然そのままに生えている野生の種子、果実などを採種
していました,生活の範囲も生活するのに便利な山間地帯で展開していました。     
 しかし、最後の氷河期が終わって気候が暖かくなり、大型森林動物が徐々に姿を消してい
くなかで、多種多様な動植物が繁殖する大平原へと居住地を移していきました、食糧となる
対象も森林動物から貝類、魚類、穀物など多種多様な動植物へと広がり、単純な狩猟活動か
ら採種、捕獲、漁労、栽培などの活動を統合する体系的な生業へと変わっていきました。特に
蛮族のように湿地帯に居住する人々には、野生植物の採種も始まりその採種活動が強化されて
稲への栽培へと進んだと思われます。